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町田福祉園みのり祭にぎやかに

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月末の日曜日は、何かと忙しく、午前中は、図師町の町田福祉園のみのり祭に行きました。ここは、都の障害者施設としてスタート、現在は社会福祉法人みずき福祉会が運営していますが、重度の障害を持った方などの入所施設として地域に溶けこむことができるようにと、毎年お祭りを行っています。
 このみのり祭に毎年、「町田の農業を考える会」が地元小山田の農家の皆さんが育てた野菜などを販売しています。私も会員の一人として、はんてんを着て参加しました。採れたて新鮮な大根、小松菜、シイタケ、冬瓜、京芋等々そして、今年採れたての小山田の新米コシヒカリが飛ぶように売れました。また来賓としてご挨拶もさせていただきました。
 入所されている方の中には、かなり年齢も高くなっている方もいてご家族が車いすを押して野菜を見に来られましたが、お母さんも高齢で「最初からの入所なんですよ。私が来ると家に帰れると思うらしくて、今日はお祭りだからと言い聞かせているんですよ。」とそれでも久しぶりの息子さんとのひと時を楽しんでいらっしゃいました。福祉園のような施設がなければ、きっとお母さんも参ってしまっていたでしょう。
 障がい者施設が集中する忠生、小山田地域に住んでいると、私たちは日常、障がい者に接する機会がありますが、まだまだ当たり前に、地域で暮らし、働く状況はつくれていないのが、現実です。
 地域が支えていくことの大切さを痛感します。

 夕方からは、木曽地域の、後援会のニュースを読んでいただいている方を訪問。原発からの撤退を求める署名をしていただきました。家族でやっている理髪店は、お客さんも少なくなって、店をたたもうかどうか迷っていると話してくださいました。「でも、お年寄りが床屋さんがなくなると困るっていうんで、ほそぼそとつづけていくしかないかなっておもうんですよ。」
 またお豆腐屋さんは今年になって等々店じまいをされました。ご主人の病気で、奥さんだけではやれなくなったのです。入院の費用も大変。路地の角のお豆腐屋さんから、国産にこだわっていた大豆の香りが消えました。
 一人一人のくらしの厳しさが伝わってきます。この上増税されたら・・・誰もが心を痛めています。 
 
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by yoko_sato_jcp | 2011-10-30 22:32

地域医療とは何か

 今、中村伸一さんの書かれた、「自宅で大往生  『ええ人生やった』というために」(中公新書)という本を読んでいます。

 今週の月曜日、都市センターホテルで行われた、地域医療政策セミナーに町田市議会の議員として参加しました。
 今年は、秋田県横手市立大森病院の小野剛院長と福井県おおい町名田庄診療所の中村伸一所長の講演でした。自治体病院の役割とは何かを考えさせられました。病院として、高度な医療が求められる場合もある半面、そこに暮らす住民の保健・医療・福祉丸ごと考えなければなり立たないこともあることがお二人の話でよくわかりました。
 
 横手市立大森病院は「健康の丘 おおもり」の中心施設として、夕暮れ診療、訪問診療を行っています。地域に根差した病院として頑張っています。
 一方、名田庄診療所は、人口3000人の村に唯一ある医療機関ですが、そこに研修を終えて着任した中村先生は、時間を問わず訪れる患者や、夜中でも往診に行く医療現場の現実から、医療も、福祉も、暮らしも丸ごと一人一人の人生に関わりがあることを体感します。
 地域医療の充実で、高い在宅死亡率を維持し続け、老人医療費、介護保険の第1号保険料を県内で最も低いランクに抑えることができるまでにしたそうです。
 
 人間として、死ぬときにどういう死をむかえるのか。死をどのように受け入れるのか。都会と地方では条件は異なるかもしれませんが、どんな大都市であっても一人一人の人間が住む場所は人の生きて暮らす場所です。地域の力や、行政の手の届かない場所であってはならないと思います。家族に囲まれて、自宅で最期を迎える、無理な延命措置もなく、「ええ人生やった」といって死んでいくことくらい幸せな死はないでしょう。
 死生観について考えさせられました。
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by yoko_sato_jcp | 2011-10-29 23:43

ハロウィンで賑わう多摩センターへ。

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晴天の土曜日。空には秋の鰯雲。街路樹もほんの少し色づいてきました。
 午前中、80日ぶりに病院へ。今日は血液検査もなく、問診と、血圧を測るだけで、また薬を80日分出されて、無罪放免。銀行に行く用事もあったので、多摩センターまで車を走らせました。
 多摩センターはハロウィン一色。オレンジ色、黒、紫の衣装を着た子どもたちが、その保護者たちと写真を撮ったり、じゃんけんゲームに並んだり。仮装パレードも行われるそうですが、今日・明日で、30万人の集客を見込んでいるとか。駅からパルテノン多摩までの通路は両側に出店が軒を連ね、広場は大学の演奏などが行われ、ハロウィンが何か分からなくてもにぎやかさに足を止める人でいっぱいでした。

 
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by yoko_sato_jcp | 2011-10-29 22:10

前進座八十周年記念十月公演観劇に浅草へ

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今日は浅草公会堂で行われている前進座の創立80周年記念公演「明治おばけ暦」を観に行きました。
事前に、前進座の俳優さんと、営業の方に筋書きと見どころを話していただいたのですが、なかなか凝った作りの芝居に仕上がっていて、喜劇のようであり、風刺劇のようでもありました。
 明治5年、文明開化の波が訪れた東京で、新政府は、旧暦から太陽暦に変えるおふれが出します。12月3日を翌年の元旦にするというものです。暦屋は大困り、庶民も新暦になじめず、取り締まりをしてもしても旧暦が使われてしまうという筋書き。今まで年13カ月分支払われていた給料が12カ月分でよくなるという新暦のからくりが暴かれ、権力の横暴に怒る民衆の姿がいきいきと描かれています。
 久しぶりの浅草。帰りは、水上バスで、夜景を見ながら、お台場まで。
 水上バスの待合室のガラス越しに、隅田川をはさんでスカイツリーとビルの上の「奇妙な」オブジェが見えました。
 
 
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by yoko_sato_jcp | 2011-10-25 23:13

町田時代祭りを見に行きました。

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昨夜はかなり激しく雨が降ったと見えて、階段が水を流したように濡れていました。
月一回は宣伝をしようということで、この間小山田桜台の商店街で「原発からの撤退を求める署名」に取り組んできました。
 今日も午前中、署名板を持って、地域の皆さんがアーケードに立ち、日本共産党の、原発に対する国会での志位和夫委員長の質問を詳しく報道するしんぶん赤旗のビラを配り、署名をお願いし、私は1時間ハンドマイクで訴えました。
 今日は、いつものように売り出しの日ではなかったらしく、スーパーに来る人も少なかったのですが、中学生が集団で署名してくれるなど、対話になりました。
 
 午後からは芹ケ谷公園で行われた町田時代祭りを見に行きました。今年で2回目ということですが昨年はほかの用事と重なっていたため見ることができませんでしたので、今年こそと思い芹ケ谷公園に足を運びました。
 
 徒歩や馬に乗って、 鎌倉武士、農兵隊の装束に身を固めた人たちの武者行列が、商工会議所を出発し、芹ケ谷公園に入ってきました。市長や議長、商工会議所会頭などが鎧を着て馬に乗って観客の前を通りすぎました。公園の木々はまだ紅葉には早く、赤や黄色が背景だったらもっと時代祭りらしかったと思います。
 いよいよ流鏑馬。馬に乗ったまま2か所の的に矢を放つのですが、なかなか勇壮で、しかも難しく、命中すると観客から大きな拍手が起きました。
 説明がもう少しあるとわかりやすかったと思いました。

 芹ケ谷公園は中心市街地に近く、緑と水が豊かな公園です。子どもが小さい頃は、水遊びに来たり、版画美術館にもよく来ましたが、バスが近くを通っていないこともあり、車でないと、行きにくい場所です。

 今日は良い機会なので版画美術館の特別展示「驚異の部屋へようこそ!展」を鑑賞しました。ちょうど学芸員さんが解説をしてくださっているところでしたので、少し、難解な作品の背景などを知ることができました。
 ところで、ほかの美術館にないもので、版画美術館にだけあるもの…それは虫めがねです。繊細な銅版画の線の一本一本まで、観賞するための道具が備えられています。
 「目ざめよ!好奇心 脳に効く展覧会」というタイトルでしたが、効きすぎて今夜は夢に出てきそう…
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by yoko_sato_jcp | 2011-10-23 23:57

コスモスの尾根緑道

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雨の土曜日。地域の会議に出かけ、市議会の様子や、先日の後援会旅行の話などを伝え、帰りには皆さんを送って帰りました。
 先日は忠生市民センターの祭りがあり、にぎわったそうですが、あいにく私は、参加できませんでしたが、忠生市民センターの建て替えの問題や、なかなか進まない忠生子どもセンターについての質問がありました。  忠生市民センターは、2014年オープンを目指すとなっています。隣接地の購入も住み、基本設計、実施設計と進んでいくようですが、遅れているという感をぬぐえません。
 昨年8月から始まった忠生センターづくり会議の様子はニュースになって、センターに置いてありますが、このセンターを利用しにくい小山田桜台住などにはなかなかその様子が見えにくくなっています。建て替えの間、会議室機能、ホール機能はどうなるのか…利用者にとっては切実な問題です。

 帰りは尾根緑道を通って帰りましたが、雨上がりの緑道の斜面には、ピンクや白のコスモスが満開でした。手入れをしてくださる方に感謝です。
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by yoko_sato_jcp | 2011-10-22 21:17

町田市戦没者追悼式に参加

 “先の大戦が終結してから66年が過ぎました。”町田市戦没者追悼式の案内には冒頭時節の挨拶とともにこのように書かれています。
 そして、戦没者並びに戦災殉難者の御霊のご冥福をお祈りし、平和の誓いをいたしたく、「町田市戦没者追悼式」を執り行います。と結んでいます。

 66年という年月を物語るように、戦没者の配偶者はもう90歳に近いのではないでしょうか。遺児も私と同年輩かもう少し年長の方々となられました。新たに合祀された方を含め、2318名の皆さんのご冥福をお祈りする「町田市戦没者追悼式」に参加しました。

 毎年の追悼式への参加は、私の心の中の「平和の意味」を確認する日でもあります。
私の父も叔父も同じように戦地に赴き、聖戦と信じて、命を「お国のため」に捧げることを疑わなかったと思います。父は、終戦の時には内地にいたので、生まれたばかりの娘の私に会うために茨城から、まっすぐに自転車で、帰ってきたそうです。
 年若い叔父は、ハルマヘラ島というところで、マラリアにかかり九死に一生を得ました。終戦になっても迎えの船は来なくて、2,3年後にようやく帰国できることとなり、和歌山県田辺市に上陸したそうです。マラリアは心臓に大きな負担をかけ続け、戦後も何度も後遺症で高熱を出しました。
 二人とも、戦死こそしませんでしたが、戦後の混乱期を、誰でもがそうであったように必死で生き抜いたのです。
 二人とも、戦後は、あの戦いがいかに間違っていたかを、知ることになり、平和な日本を作るために生涯を送りました。
 私には、戦没者の短い生涯と、私の父や叔父の人生が重なって見えます。私も同じように戦没者の遺児になっていたかもしれません。無念の思いを抱き、内地の家族を思って亡くなられた皆さんに報いるには、何としても平和な日本、世界を守り、つくっていくことが残された者の仕事だと考えます。
 父や叔父が日の丸の寄せ書きを体にくくりつけ、出征していったときのセピア色の記念写真を見るたび、天皇の名のもとに否応なしに奪われた青年たちの無念さを思います。
  今日という日は、二度と戦争で、命が奪われることのないように、平和な日本を作るために頑張るための新たな誓いの日でもありました。
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by yoko_sato_jcp | 2011-10-21 23:12

カマキリが部屋のなかに

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朝晩急に寒くなりました。冬の掛け布団を出しましたが、昼間は汗ばむ日もあるので、温度差に慣れずに、風邪気味の方も増えてきました。
 
 今日車に乗ろうとしたら、ドアに緑色の太ったカマキリがいました。お腹に卵を抱えているようでしたが、先日の日曜日に、団地の草取りを行い、きれいさっぱり雑草をとってしまったので、カマキリも卵をうみつけるところがなくなって困っているのかもしれません。カエン樹の茂みに放ってやりました。
 ところが帰宅すると、我が家の白い天井に緑のカマキリが…大きさといい、太さといい、羽の近くの斑点といい昼間のカマキリに間違いありません。ベランダの扉を少し開けていたので、入ってきたのでしょう。夜なので、そのままにしておいて、明日朝、外に帰そうと思います。

 夜遅くなって、音もなく救急車と消防自動車が来て、赤い回転灯が、光るので、外を見ると、私の住む棟の前に止まっています。話し声もないので、ドアの外を見ると、お向かいのようでした。救急車で、奥さんが搬送されていきましたが、大事に至らなければよいのですが。心配です。
 
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by yoko_sato_jcp | 2011-10-18 23:08

実りの秋

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都会の、ビルやマンションに囲まれた、小学校で、今日、収穫した稲の脱穀が行われました。
 朝、市役所の駐車場の向こうに元気な声がするので、金網越しにのぞいてみると、市役所の隣の小学校の裏庭で、今年学校の田んぼで収穫した稲の脱穀が始まるところでした。学校ボランティアらしいおじさんたちが、稲を持って、脱穀機の前で実演して見せていました。機械にかかると、あっという間に稲わらとモミに分離されて出てきました。子どもたちはハサ掛けして乾燥させた稲を半分ずつ持ってこわごわ機会の前に進み、モーターの唸る脱穀機に稲をいれていきました。
 町田の中心部の小学校で、米を作り脱穀体験をする…これからモミすりや、精米が待っていますが、米とは八十八回手間がかかるものと教わりましたが、子どもたちは、米作りの大変さを学んだことでしょう。
 学校給食に使われる町田産のお米は東京都の放射線量検査に出したそうです。
 地産地消も、原発の放射能で、安心して食べることができなくなってきました。こんなとき、TPPを推進したら、日本の農家は立ち行かなくなるのは目に見えています。
 いまこそ、「おいしいお米は豊かな日本の大地から」のスローガンが輝くときはありません。原発やめて、安心の食料自給を進める時ではないでしょうか。
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by yoko_sato_jcp | 2011-10-13 23:46

紅葉の信州へ

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 10日、11日と紅葉の始まった山梨、信州川上村へ、バス2台で、日本共産党後援会の旅行をおこないました。
 天気も良く、参加者は早朝から集合してバスに乗り込み、時間通り出発。26歳の青年から、90歳の方まで、年齢層も豊かに、久しぶりの後援会旅行を楽しみました。
 
 昼食休憩は、山梨県北杜市の「たかねの湯」で。ここには、すぐ近くに、以前町田に住んでいたTさんご夫妻が家を建てて移住されているので、先日お電話をしたところ、みんながお昼ご飯を食べているところに、大きな葡萄の箱をお土産に、訪ねてきてくださいました。数年ぶりの再会にみんな大喜び。
 
 午後は、清泉寮へ。名物のソフトクリームを堪能し、富士山も望むことができみんな大満足。そして今回の旅行の目的でもある、長野県川上村の町田市自然休暇村、せせらぎの里へ。町田市の施設であっても、少し遠いので、行ったことがない市民が大勢います。もっとせせらぎの里を利用しよう、一度行ってみようということで、今回の旅行は、せせらぎの里をメインに組み立てました。

 ここでは川上村の日本共産党の村議新海さんと、藤原村長さんにお話をしていただきました。レタス生産量日本一の村、福祉・教育に力を入れ、農業で暮らしていける村にした努力と先見性は大いに学ぶところがありました。
 翌日の朝はかなり冷え込み、川上村の施設の周辺の木々は、きれいに色づいていてその美しさに驚嘆の声が上がりました。あと一週間で、もっと紅葉することでしょう。

 恵林寺という武田信玄ゆかりの寺や、ぶどうの丘 、大日影トンネル、野菜の買い物、と盛り沢山でしたが、それぞれに楽しんでいただけました。

 70人近い方々を町田まで無事お連れすることができてほっとしました。
 大変なこともありましたが、企画から半年以上、震災で、5月の計画が延び10月になりましたが、かかわってきてよかったと思います。
何よりも皆さんの笑顔がうれしく、高齢の方が、喜んでくださっていることも励みになりました。
 (写真は清里から八ヶ岳を望む)
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by yoko_sato_jcp | 2011-10-11 23:51