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相原駅で宣伝と救援募金活動

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午後3時から相原駅前で東日本大震災被災者の救援募金を行いました。
「コーヒー一杯の❤を!」と書いたペットボトルを園芸用の棒に付けて、手作りの募金箱を掲げて、賑やかな募金活動でしたが、近隣の大学は、春休みに入っていて、目当ての学生さんはまばらでした。
 それでも買い物袋を両手に抱えた女性の方、実家が福島だという学生さん、自転車で通りかかった小学生のグループなどが募金をしてくださいました。
 地震から20日が過ぎて、毎日の新聞記事も、いつになったら温かな布団で寝られるのかといった記事とともに、親がいまだ見つからない子どもが、きょうだい離れ離れに暮らすことになったという記事、がれきの山の中から思い出の写真などを取り出しているボランティアの方々の頑張りと涙が報道されています。
 引き続き募金活動は行いたいと思います。
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by yoko_sato_jcp | 2011-03-30 22:08

ほのぼのあかり

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金曜日は我が家のある地域2グループは、6時20分から10時までの停電予定が示されていました。
 午後の会議を終わってから新聞の配達をして、買い物をして、ギリギリセーフで帰宅と同時に停電になりました。
 階段灯が付いていたのは幸いでしたが、あたり一面真っ暗。煌々とついていた中学校の職員室もいきなり真っ暗。
 
 そこで取りだしたのは「ほのぼのあかり」。この前、市の職員のNさんにレクチャーを受け、準備していたものです。夜の停電がなく出番がなかったのですが、ようやく出番到来。
 
 とてもシンプル。用意するのはティッシュペーパー、アルミホイル、サラダオイル、ガラスのコップ。ライターがあればOK。写真のコップは深すぎますがもっと小さいほうがよいと思います。ティッシュペーパーを芯にサラダオイルが燃料。アルミホイルは芯を支えるものです。
 長持ちするし明るいし、安全、エコ。アルミホイルの角度がちょっと難しいけど。
ほのぼのとした明かりが停電の闇を救ってくれました。

 停電は一時間半ほどで終わりました。いつまでつづくのやら・・・
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by yoko_sato_jcp | 2011-03-27 23:18

毎朝の折り込みの停電ビラ、助かります

 しんぶん赤旗の日刊紙には、震災の翌日から、東電、市の発表をもとに作成された 「計画停電」のグループ別、対象地域別のお知らせが、折り込みで入っています。
 読者の皆さんからは、「よくわかって助かります。」という声が届けられています。中には団地の階段に貼りだしたり、コピーしてご近所に配ったりと活用されているようです。
 防災無線で報道されるグループ名だけでは、市民にはわかりにくく、印刷物で確認しないと不安です。
 市のホームページで見られますと広報には書いてありますが、みんながインターネットを使えるわけではありません。災害の時、そうしたIT弱者をどうするか…もっと周知できる工夫が必要だと思います。
 しかしこの「計画停電」いつまで続くのか・・全然停電にならない地域もあり、不公平との声も上がっていますし、経済に与える影響は測り知れません。
 原発頼みの日本の電力行政の転換を図る必要があるのではないでしょうか。
 (ちなみにこの折り込みビラ、我が息子が作っているのです)
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by yoko_sato_jcp | 2011-03-25 11:16

コブシの花が咲きだしました。寒さの中、春が待たれます

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 震災後、気持ちがパソコンに向かいませんでした。今日は都知事選挙の告示日。新宿西口に小池あきらさんの第一声を聞きにいきました。
 
 震災で亡くなった方、行方不明の方が25,000人もいらっしゃいます。避難所で寒さと闘っていらっしゃる方も未だ25万人以上。
 春は遠くいま何が出来るのかと考えても個人でできることは限られていて、なかなかありません。せめて救援募金をと、この間4回募金活動を行いました。
 地震、津波、原発破壊による放射能汚染からの避難命令。、物不足、野菜などの風評被害、そして水の放射能汚染による、乳児を抱える若い親たちの不安。
 つぎつぎと困難が襲ってきます。昨日は壊れた原発で作業をしていた労働者が被ばくしました。当然考えられることでしたが、東電の説明はあまりにいいかげんです。

 私たちはこんな状況で選挙は行うべきでないとの主張をしましたが、国会では、被災地を除くということで一斉地方選挙が決まり、今日告示されました。
 いのちを守る福祉・防災都市東京をつくるために、救援活動も、選挙も頑張りたいと思います。
 
 いつもなら桜の便りも聞かれる頃ですが、寒い毎日です。被災地では、雪も降っているようですから本当に大変です。
 でもコブシの白い花が咲き始めました。辛いニュースばかりの毎日、春は近付いているんだなあと思いホッとしました。
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by yoko_sato_jcp | 2011-03-24 11:28

人々の善意に涙・・一刻も早い救出と復興を!

 3月11日午後2時46分。東北地方を襲ったマグニチュード9という大地震。それからほどなくして沿岸の町を飲みこんでいった大津波。
 いまだに被害の全容はわかりません。たくさんの方がなくなったのは確かなようです。家も命も奪われ呆然とする人の映像が映し出され、繰り返し、津波が押し寄せがあっという間に町を飲みこんでいくさまが写されています。
 東北、太平洋沿岸の関東地方が被害にあいました。今日は午後から町田駅で、日本共産党町田地区委員会、町田市議団で救援募金活動を行いました。
 ダンボールで作った募金箱を掲げて、募金を呼び掛けると、次々と募金に応じてくださる方が後を絶たず、多くの皆さんが何かしたいと心を痛めていることを告げてくださいました。
 小さな子どもさんにお金を渡し、募金箱に入れてくださる方、家族中でそれぞれ千円札をいれてくださった方。「北海道で津波が来た所に弟がいるんです。連絡が取れなくて・・」と心配そうに募金してくださった方…テレビの画像に映し出される状況はほんの断片です。でも事実の一部です。そうした報道が人々を止むにやまれぬ思いに駆り立てるのです。
 皆さんの善意に思わず胸が熱くなり、何度も訴えながら涙が出てきました。
 
 一時間半の募金活動でしたが、13万7628円の募金が寄せられました。
ありがとうございました。
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by yoko_sato_jcp | 2011-03-13 21:07

一般質問が始まりました。

 朝から春の雪が降りました。寒い一日でした。
今日は一般質問一日目。トップバッターは我が会派の池川議員。住宅リフォーム制度の拡充を求め、市内業者に仕事が回るよう、緊急経済対策として中小企業振興の立場で制度を拡充するよう求めました。
 それに対する答弁「個人の資産形成に関することなので」とやる気はありませんの一点張り。近隣市ではこの不況の中、中小業者の仕事確保のために市内業者優先にしているというのに・・・
 午後は市長の施政方針に触れて殿村議員が質問。国保の資格証が2000件になっていることに対して、市長は「職員は法律で決められた仕事をしっかりやっている、まじめに払っている人が納める気にならない。滞納している人を処分をしないことは他の人の納税意欲をなくす。」と答弁しました。
 一生懸命、資格証にならないよう相談にのり、分農などで対応している職員の姿が、市長には見えないのでしょうか。市民が、どれほど苦しい暮らしをしているか見ようともしないで、払わない人は顧客ではないとばかりの姿勢に怒りを覚えます。
 
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by yoko_sato_jcp | 2011-03-07 23:36

日朝友好のつどい

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 午後から新日本婦人の会町田支部の第45回大会に代議員として出席。今年は新婦人創立50年の節目の年になります。50年前私はまだ高校生でした。叔母がそれまで勤めていた会社を辞め、新婦人の専従となることを決意したとき、私に、「自分らしく生きたい。いつまでも家族に縛られるのはいや。今度新しくできる、新日本婦人の会の専従になるのよ。」といいました。大家族の嫁として働きながら活動してきた叔母の決意にびっくりしたことを覚えています。
 その叔母の影響で、私も日本共産党の一員となり、新婦人の会員となって41年。子育てしながら、新婦人町田支部の専従となり、支部長や、事務局長を経て、いまは日本共産党の市議会議員として活動しています。
 例外なく高齢化が進む中、若い世代につなげるために頑張っている支部の皆さんの頑張りに、胸が熱くなる思いです。
 支部大会でまた明日からがんばるエネルギーをもらいました。

 夕方から、町田市高ヶ坂にある、西東京朝鮮第二幼初級学校の隣の、町田同胞生活相談綜合センターで行われた「町田地域日・朝友好親善のつどい」に参加しました。初めてのつどいということで、市議会の会派控室に、第二幼初級学校の校長先生が見えてご案内いただきました。
 国と国の間にある様々な問題はいずれ歴史が解決してくれるでしょう。まず何よりも大切なのは人と人の理解です。あまり広くない会場は在日の皆さん、地域の交流を持っておられる皆さんでいっぱいでした。日本共産党会派からは私だけ参加しましたが、民主・社民・ネットの方・国会議員、都議会議員の方の参加もありました。手づくりの珍しいおいしいごちそうが並び一つ一つ教えてもらい味わいました。ハチの巣の茹でたの、ドングリの粉で作ったごま豆腐のようなもの、太い春雨に似たもの、みんな名前があるのですが(?)… 
 朝鮮の民族舞踊を幼稚園の若い先生が熱演してくれました。また金剛山歌劇団の歌手李さんの素晴らしいテノールもきかせていただきました。
 日本文化のルーツとも言える、朝鮮文化に触れることができ、心温まる集いでした。
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by yoko_sato_jcp | 2011-03-05 23:32

章子さん、たのしかったね。ありがとう

 2月28日未明、友がなくなりました。
 北里大学東病院にお見舞に行ったときは、ふと目を開けてまだ私の名前を口にして分かったようでしたが、日曜日一時帰宅することができ、何人かの人と家に伺ったときは、安心したようによく眠っていました。硝子戸越しに、愛犬のクロちゃんが心配そうに章子さんを見守っていました。
 そして翌日28日未明家族にみとられて章子さんは旅立ってしまいました。
 長いお付き合いでした。桜台に越してきた頃から、子育てしながら、苦しいことも、うれしいことも共にみんなで分かち合ってきました。
 歌が好きで、声がきれいで、いつもアナウンサーをやってもらいました。美味しいものが好きで、たくさんごちそうをつくってくれました。
 2日のお通夜にしか出られませんでしたが、小さくなってしまった章ちゃんに「ありがとう、たのしかったね」といいました。いっぱいいっぱい楽しい思い出を残してくれた章子さん。苦しい病気との闘いを終えて、安らかにお眠りください。本当にありがとう。
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by yoko_sato_jcp | 2011-03-03 23:03