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今日の天気はお日様マークでしたよ。たけるくん

息子建(たける)が亡くなって2年がたちました。
 今日二月八日は建の命日です。丸2年。一日として思わない日はありませんでした。世間では3回忌というのだそうですが、建はいまでもいつも私たち家族と一緒にいますから、ことさら法事でもないのです。
 でもみんなに集まってもらって思い出話でもしようかということで、お彼岸でもある、3月23日に3回忌をすることにしました。
 今日は、午後から知弘と一緒に高尾の東京霊園にあるお墓にお参りに行きました。高尾の空は澄み渡っていて、早春の陽射しは暖かく手向けた線香の煙が揺らめきました。
 2年の月日。2年も建に逢えなかった。ただただ逢いたい・・・
 建は、おじいちゃんとおばあちゃんの間に守られてもう難病の苦しみも、アトピーのかゆみも、喘息の苦しさからも解放されて安らかに眠っていると思うことで救われます。私は頑張って生きていかなければなりません。
 でもこの世で一つだけかなえてあげるといわれたら、わたしは建を抱きしめたい・・・2月は父母も命日なのです。明日は父、15日は母。だから私にとっては2月は辛い月です。小林多喜二の母のように・・・。
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by yoko_sato_jcp | 2008-02-08 21:07

雪の朝

朝の気温は零度でした。
 昨夜はみぞれ交じりだった雨が雪に変わりまた屋根を白く覆いました。今朝は多摩境での朝の宣伝でした。
 我がスピーカー付き愛車カローラの雪を落とさないといけないと思って早めに出ましたが、昨夜息子がシートをフロントガラスにかけてくれていたので、ガラスはガリガリ削ることも無くエンジンをかけることが出来ました。
 ところが走り始めたら屋根の水がガラスにたれてあっという間に凍りつき前が見えなくなりました。仕方なく停めて三角の削る物でガリガリやる羽目に。
 道路も凍っているのでみんなのろのろ運転です。気温は零度。凍るはずです。そうこうして多摩境駅に到着。
 多摩境駅広場の雨漏りも補修して頂いたので今朝は通路は濡れていなくて安心しました。
 道路特定財源のことや、市政のこと、後期高齢者医療制度のことなど話しました。
 もうこの駅で朝の宣伝を始めて8年になります。いつも通る私立小学校に通う二人連れのお嬢さんは「おはようございます」と声をそろえて挨拶していたのに、最近は、はにかんだように頭を下げてにっこり微笑むだけになりました。子どもの成長は早いものです。
 今朝は地域の後援会の方が二人ビラを配ってくださいました。もちろん古橋よしやす衆議院小選挙区候補も訴えました。知り合いも通るけど、圧倒的に見知らぬ人が多い駅です。大きなマンションや新興住宅に住んで都心にお勤めされているのでしょう。いわゆる無党派層と呼ばれている人たちです。
 でも住んでいる地域のことや、仕事のこと、教育のことなど関心が無いわけはありません。廃プラ問題の時にはあっという間に反対署名が集まった地域です。これからどう接点を持っていくのか考えなければなりません。
 
 午後は木曽地域のおしゃべり会に参加。参加者は多くは高齢の方ですが、一生懸命生きてきて、何にも楽をしないうちに、どんどんくらしは厳しくなるばかりと嘆いておられました。
 嘆いているばかりでは政治は変わりません。老人一揆でも起こさなければという方がいてそうだよねーとなりました。老人一揆は今年行われるであろう総選挙で、自・公政権に変わる新しい政治を作っていくために日本共産党を大きく伸ばすことではないでしょうか。
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by yoko_sato_jcp | 2008-02-07 22:54

臨時議会が開かれました。

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■ 春めいてきたね・・・
 昨日は立春。日本共産党市議団は市長に対して、緊急の要望書を提出しました。くらし、教育、子育て、医療、営業、青年雇用、街づくりなど多岐にわたる要望ですが、毎年、市民の皆さんの声を代弁して、議会の場とは違う形で市長への要望を行っています。
 岩崎副市長が対応しましたが、市長に届くことを確信しています。
 世の中はギョーザ問題が大きなニュースになっていますが、その陰で、地球温暖化に大きな影響のあるCO2の排出が、国内の180事業所だけで51%になることが報じられています。われわれ国民の努力以上に企業の排出削減が求められます。
 
 春めいてきたね・・・という会話が交わされる暖かな一日でした。今日、市議会は臨時議会が開催されました。
 原町田4丁目の旧郵政公社のぱ・る・るプラザを町田市は昨年約21億円で購入しましたが、その半分を市が株主となっている街づくり公社に売却することの契約案件が審議されました。  昨年3月議会に提案されたときから、目的も、共同運営する相手も市民には説明の無いまま進められてきた話です。
 21億円といえば、子どもセンターが4つくらい出来るお金です。簡単に右から左にお金のやり取りが行われますが、みんな市民の税金です。
 就学前までの乳幼児医療費助成制度の所得制限撤廃に必要なお金は5000万円にも満たないのです。
 誰のための施設購入なのか、最後まで問題は明らかにされませんでした。当然日本共産党は、反対の立場で臨みましたが、賛成多数で可決されました。本会議の様子は、町田市のホームページから検索することが出来ます。ぜひご覧ください。
 
 午後からは、府中の東京自治会館で行われた三水協の道路委員会会議に出席しました。。三月議会では新しい議会構成となるため、今回が最後の会議になりました。
 帰宅する途中小山田桜台の賃貸住宅のごみ置き場に設置された大型生ごみ処理機を見てみました。大型というには思ったほど大きくはないのですが、ステンレス製の生ごみ処理機が6基設置され、実証実験を2ヶ月行うそうです。
 賃貸の街区に限っての実験ですが、400世帯中参加するのは130世帯だそうです。高齢者世帯には無料のゴミ袋が配られているし、生ごみだけを分けるというわざわざめんどうな手間がわずらわしいのかもしれません。
 その上二ヵ月後には、維持管理は自治会もちになるとか。空き家が2割に及ぶ賃貸住宅の管理費に影響するかもしれません。やり始めたら、費用負担ぐらい市が持ってもいいのではないでしょうか。
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by yoko_sato_jcp | 2008-02-05 23:11

大雪の市制50周年記念式典

 朝起きると一面の雪。節分の日の今日、町田市の市制50周年の記念式典が市民ホールで行われるのです。
 バスは動いているかなと思って耳を澄ますとジジジジとタイヤチェーンの音が聞こえます。日曜のせいか一般車は少なめです。
 今日みたいな特別の日によりによって雪が降るなんて。朝から準備に当たる職員の方や、遠くから来賓でお見えになる方は大変だなーと思いつつ12時半の受付に間に合うようバスで市民ホールへ。
 ホールロビーでは賑やかなお囃子が始まっていました。
 1時半開始のファンファーレで始められた式典は型どおり滞りなく進み市民栄誉賞の佐藤琢磨さんの表彰。F1グランプリの世界的なレーサーです。我が家の息子の和光高校の先輩です。
 琢磨選手は今日は海外でのトレーニングのためこれなかったのですが、ご両親が受賞の表彰状と盾を受け取られ、お父さんがお話されました。
 あまりに延々と続いたので、みんなはらはら。しかし堅苦しい式典が和みました。第一部はそこで終了。
 休憩の後、第二部は町田フィルハーモニー交響楽団とバレー連盟の皆さんによる「時の踊り」が演じられました。バレーなんてほとんど見ることのない私は、その美しさに感激。
 続いて、町田市合唱連盟の皆さんとベートーベンの「第九」が高らかに演奏されました。
 閉会して外に出てもまだ雪は降り止みませんでした。
 準備も大変だったと思いますが、子どもの参加やアピールがあっても良かったのかなと思います。
 それにしても今日は職員の皆さんが多数、案内や受付、会場係、雪かきなどに当たっておられました。本当にご苦労様でした。
 50年経った町田。これからの50年市民が主人公となれる市政にしていくことが求められているとよりいっそう思いました。
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by yoko_sato_jcp | 2008-02-03 21:53

男女平等フェスティバル

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■ 町田市議会議員と話し合う会  二期目の議員に聞く。
 今日と明日は「町田男女平等フェスティバル」です。年に一回男女平等推進センターで活動する団体が、男女平等について考えてみようという催しですが、今年もさまざまな団体が参加して行われます。
 今年は「町田市議会議員と話し合う会」ということで、現在2期目の議員が出席することになりました。設問はあらかじめ来ていたのですが、なかなか難しい課題でした。
 ●依然として減らないパートナーからの暴力についてどう考えるか
 ●子どものときからの男女平等教育についての考えは
 ●女性議員を増やすには
 ●男女平等参画社会に向けてどのような施策が必要か。
 改めて考えてみると、このようなテーマが、繰り返し問題になるのは、真の民主主義が育っていないからであり、憲法が守られていないからだと思いました。
 憲法に明記されているの男女平等や、自由が花開くときこんなテーマは消滅してしまうことでしょう。1時間40分、会場からの発言も相次ぎ、司会者のリードもうまく、活発な意見が交流できました。
 終わってからうたごえコーナーに行きました。懐かしい歌をアコーディオンの演奏にあわせてみんなで歌いました。(写真)
 男女平等推進センターは、新しい組織改正の中では、課がなくなり市民協働推進課の中に統合されてしまいます。今までの役割をしっかり位置づけて、2001年に行われた「男女平等参画都市宣言」の実行にむけての施策の実施が求められます。
 そういう町田市になってこそ、女性職員が管理職を目指すようになるのではないでしょうか。
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by yoko_sato_jcp | 2008-02-02 22:38

久しぶりに38度9分の熱が・・・

人間は機械ではない?機械だってたまにはオーバーホールしたり、油をさすけど・・・
 昨日は、朝は相原駅で7時から駅頭宣伝をしました。市街地に比べたら、2度は気温が低いと思います。1時間立っていると真底冷えて背中にホカロンを貼っていてもやっぱり寒い。
 私は寒さには強いほうですが、昨日は体調が悪かったのか、第一声の声が上手く出なくて変だなーと思っていました。
 8時に終わって軽い朝食を食べに小山ヶ丘まで戻り、ゆっくり新聞を読んで、再び相原へ。
 (仮称)相原子どもセンターの建設工事の着工式に参加しました。町田で3館目の子どもセンターがようやく出来ることになりました。
 相原中央公園に隣接したみどり豊かな静かなところに完成予想図ではレンガ色の子どもセンターが建ちます。
 空は青く澄み渡って空気も気持ちよい着工式になりました。
 ところが終わって家に帰りかけるころから熱っぽくなりお昼に帰宅したときには38度9分になっていました。
 体中が痛み歩くのもやっと。午後は宣伝カーでの宣伝が予定されていたのですがキャンセルして、病の床についてしまいました(?)そういえば、この一ヶ月、ゆっくり休む日が無かったなーと反省。人間は機械ではないことを確認しました。
 今日は熱はだいぶ下がって苦しさは無くなりました。

 さて今日二月1日は「しんぶん赤旗」の創刊80年を記念する日となりました。1928年(昭和3年)創刊の赤旗は、創刊の辞で「『赤旗』は、諸君自身の機関紙である」と書かれているそうですが、正しくその通りです。
 赤旗まつりの展示館で最初の「赤旗」を見ましたが、美濃紙にガリ版印刷です。その薄い「赤旗」は特高の目を逃れて命がけで靴の中敷や赤ちゃんの腹巻に忍ばせて手から手へと渡されぼろぼろになっても読まれたのだそうです。わたしが「赤旗」を読み始めたのはもう50年も前のことです。叔母が読んでいた「赤旗」を中学生だった私が手にして読んでいたのです。
 今日の日刊紙赤旗には作家の早坂暁さんがコメントを寄せて、"世界文化遺産"級だといっておられます。そして、「赤旗」が消えるときは、日本の自由が消えるときと考えているとも・・・
 その「赤旗」を今朝のような寒い朝も、雪の降り積もる朝も配り続けているのが日本共産党員なのです。真実を照らす灯台の灯を届け続けて80年。記念すべき朝でした。
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by yoko_sato_jcp | 2008-02-01 22:53