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御用始め

今朝は今年最初の朝の宣伝を行いました。
 2008年の御用始めの朝の町田は冷え込んで、2度を示していました。今日から世間はいつもの通勤風景となりましたが、ペデストリアンデッキを通る人たちは急ぎ足で、なぜか必死に見えました。
 世の中先行き不安だからなのか、忙しいからなのか分かりませんがかなり年配の方も朝早くから駅に急いで消えていきました。
 今朝は日本共産党議員団恒例の新年挨拶です。高嶋市議を除く議員団と衆議院選挙の町田・多摩小選挙区の古橋予定候補を交えて交代で、マイクを握りました。消費税増税計画など今年も悪政の目白押しです。少しでも暮らしやすい社会にするために、今年も頑張ります。
 町田駅の宣伝を終えて、市役所前に移動。高嶋議員も加わり、初出勤の職員の皆さんにご挨拶。
 ファミレスで朝食をとり、これまた恒例の庁内各課に年始のご挨拶回り。本庁、分庁舎、健康福祉会館など2時間近く歩きました。
 今年は組織改正が行われます。職員の皆さんもきっと心細い思いをされているのではないでしょうか。市役所が今後どうなっていくのか、一人一人の職員の皆さんの能力が充分に発揮される人事配置になってほしいものです。
 その後またお昼ご飯を5人で一緒に食べ、市議団会議を行って、解散しました。

 昨日は高尾にお墓参りに行ったりして、結構疲れました。今日も結構歩き、走ったので疲れました。でも外食二回。高カロリーで、運動の割には、みんな一向にメタボからは解放されません。アーぁ、疲れた。
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by yoko_sato_jcp | 2008-01-04 22:11

私の叔母鈴木キミのこと

2年間の日記
 昨日実家に行ったときに、義妹から2冊の日記帳を渡されました。亡き叔父の手提げ金庫の中から出てきたのだと言って「これはお姉さんが持っているのが一番ふさわしい」といって預けられました。
 小型のハードカバーの日記帳です。それは、私の母のすぐ下の弟のつれあいであった鈴木キミの日記です。今生きていれば82歳。1973年7月に癌で亡くなりました。享年47歳。あまりにも早い死でした。
 その叔母が、70年に発病してから二年間の闘病記を書き残していたのです。なくなる前は書き続けられなかったのでしょうか72年の10月ごろで終わっています。
 今日は一日その日記を読んで過ごしました。叔母は幼いころに母親をなくし、父親に育てられました。15歳で日産火災海上の給仕になったと聞いています。その後社員となり組合運動をする中で、日本共産党を知り入党したようです。
 全損保という組合の役員をやりながら、新日本婦人の会結成と同時に新婦人専従の道を選び、東京都本部の初代副会長になりました。
 東京に革新の美濃部都知事が誕生したときも中心になって頑張りました。
 体の小さい可愛い人でしたが、いつもパワーにあふれ、手先が器用でいつも時間があると編み棒を動かしていました。私たち姉弟が子どものころは、クリスマスになると手袋や靴下を編んで枕元にプレゼントしてくれました。
 子どもができなかったので、私たち甥、姪をとても可愛がってくれ、とりわけ私を養女にしたかったようで、忙しい仕事の合間に、いろいろなところに連れて行ってくれました。高校生になった私の悩みを聞いてくれたのもキミ叔母さんです。
 学歴はなかったのですが、文章も上手で、勉強家で、字がきれいで、机に向かっている姿を思い出します。その机は今息子の部屋にあります。
 2冊の日記帳は、闘病記でもありますがその中心を貫いているのは、共産党員としての崇高な生きざまです。こういう人にこそ生きざまということばがふさわしいと思える内容でした。何度も涙しながら、笑いながら読み終えました。
 47歳のキミさんの生涯は立派だったと拍手を送りたいと思います。と同時に生きていればもっと活躍できただろうにと無念の気持ちになります。
 70年に私は、再起が危ぶまれるキミ叔母さんの遺志を受け継ごうと叔父と叔母に推薦してもらって、日本共産党員の一員になりました。
 これからも困難なとき、迷ったとき、わたしはこの2冊の日記を読み返して、前に進もうと思います。今年最初に、今年はもっと共産党員としての資質が試される年になると思い決意も新たにしました。
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by yoko_sato_jcp | 2008-01-02 23:42

新年あけましておめでとうございます

今年も宜しくお願いいたします
 静かに2008年が明けました。今年は、ドアにお飾りもつけ、お供えもあるお正月です。大晦日は除夜の鐘も聞き、年越しそばも食べて、遅くに寝たのにいつもどおりに起床。
 朝からお雑煮を作って家族がおきてくるのを待ちました。形ばかりの新年の儀式を終えて、立川の実家に年始の挨拶に行きました。と言っても親はなし。弟夫婦の家に行くのですが、一人暮らしの叔母が2世帯住宅の二階にいるので、一緒に新年を祝いました。今年は姪が元日だけ休みで、帰って来ていたので賑やかになって、弟は娘とお酒がのめるのでうれしそうでした。平凡なお正月です。
 空は晴れて、多摩川を渡る橋の向こうに真っ白い雲が横に何層も浮かんでいました。帰りは急に寒くなって尾根幹線道路を過ぎたら、車の温度計はマイナス1度を示していました。
 さて今年はどんな年になるのでしょう。解散・総選挙は必至です。少しでも暮らしやすい世の中になるよう頑張ります。市議会議員2期目の半ばになりました。折り返し点です。
 今年も昨年同様宜しくお願いいたします。
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by yoko_sato_jcp | 2008-01-01 23:10