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今年も半分終わりました。

あの寒かった日々はどこに行ってしまったのでしょうか。

 市議選の行われた今年。新年は寒かったなーと懐かしく思い出しますが、その日々は遠い記憶のかなたになってしまいました。 
 このところ毎日暑く、車に乗ると冷房をがんがんかけてしまいます。窓を開けて走るのが嫌いな私は、一年中冷房か暖房をかけて走っています。
 車に乗り込むときのあの暑さったらありません。締め切った車内に子どもを放置して死亡させてしまうという事件がよくありますが、シートベルトの金具は、露出した肌が火傷しそうです。
 冬生まれの私は、子どものころから夏に弱く、体も丈夫でなかったので、真っ黒になって遊ぶということもありませんでした。
 夏休みの暑い午後、座敷で昼寝させられたことが夏の思い出です。クーラーも無かったころです。
 夏休みになると母方の祖父に連れられて、東海道線に乗って、静岡県袋井市の祖父の本家に行きました。
 冷凍のみかんを食べながらの長い道のりだったなーと思います。またいとこの充子ちゃんと遊び浜名湖で海水浴をしました。  遠い日の思い出です。
 大人になるとそんな私でも、暑さに負けていられません。
 夏の研究会や、母親大会、原水禁大会と出かけることが多くなり、夏を楽しめるようになりました。
 今年の夏も、後援会の旅、自治体学校、母親大会、研修会と休んでいる暇もありません。最近は忙しさと気力で暑さを乗り切っているのかもしれません。
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by yoko_sato_jcp | 2006-06-30 23:06

防音工事は果たして解決の道なのか?

暑い一日でした。


 今日は午前中Kさんと、選挙のとき、支持してくださったお宅を訪問しました。一軒のお宅は、認知症になってなくなられた、夫さんの遺族年金で暮らしておられる女性の方。
 「年金は下がるし、また住民税が増えて暮らしていけません。何とかならないのでしょうか。」と切実な訴えが・・・
 もう一軒のお宅では、防衛施設局の「米軍機騒音に対する防音工事」の対象区域になっている地域の方ですが、「申請すべきかどうか悩んでいるんです。工事がされれば、未来永劫米軍機騒音はなくならないのではと思うんです。本当は、もう上空を米軍機が飛ばないように、基地がなくなってほしいのです。」
 そして「何も出来ないからせめて集会ぐらい参加したい」とおっしゃるので、7月9日に横須賀で、米軍再編反対、米原子力空母の横須賀母港化反対の集会がおこなわれることをお話ししました。

 午後からは、共産党控え室で行われる、弁護士さんによる無料法律相談日のお当番でした。 今日は、5名の方の相談がありました。弁護士さんというと庶民には敷居が高く、なかなか法律事務所に赴くということはありませんが、最初、無料で相談できるというだけで、赤旗新聞の折込やビラなどで、知って申し込んでこられます。中には、どこかでお渡しした名刺の電話番号を頼りに来られる方も・・・一人一人深刻な問題ばかりです。それにしても、弁護士さんという職業は経験、人格、人間性、知性が求められる職業です。今日のN弁護士さんは、まだ若手弁護士さんですが、思考が理詰めで、交通事故から、欠陥住宅、労働問題と、実に、的確な解決の道を示すのです。さすがと思います。5人の方が終わったときには、もう6時近くなっていました。行列の出来る法律相談が繁盛するのも、世の中があまりに世知辛くなってきている事の反映でしょうか。
 こうして、暑い一日が終わりました。
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by yoko_sato_jcp | 2006-06-28 23:25

お父さんはやっていません。

町田痴漢えん罪事件無罪をめざす市民のつどい

 もしもあなたの夫や息子、兄弟が痴漢の疑いでとらえられたとしたら、あなたは無罪を信じてともに闘えますか?
 今日の集会はそのことを一人一人に問いかけていました。
 昨年2月寒い日の朝、JR横浜線の中で、痴漢行為を働いたとしてとらえられ、一旦は、認めればすぐ釈放できるといわれ認めてしまったものの、やはりやってないのだから、やってないといって闘い続けているのが、ごくフツーの会社の管理職です。この闘いは家族の名誉をかけた闘いです。年頃の娘さん二人、そして、奥さん。家族は、集会で訴え、混雑する横浜線の中で胸にゼッケンをつけて、目撃者探しに奔走しているのです。一日も早く濡れ衣を晴らしたい!人間として、理不尽なことは許せない、必死の訴えが共感を呼びました。今日の集会には、きたがわ てつさんが参加。この闘いのために作った歌の披露があり、「日本国憲法」が高らかに歌い上げられました。
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by yoko_sato_jcp | 2006-06-27 23:43

6月議会が閉会しました。

75号議案2006年補正予算に反対討論を行いました。

 6月5日に開会した6月議会は、本日閉会しました。
 市長施政方針。補正予算。条例改定。請願。意見書。質疑。一般質問。助役人事。盛りだくさんの議題を討議して、会議は閉じられました。 
                                                     
 なんともすっきりしないのは、私だけでしょうか。6月になって住民税の通知が各家庭に送られてきました。
 定率減税の縮小、老年控除の廃止等々で、住民税が10倍にもなってしまった方も居られます。
 今まで非課税だった方が課税となり、市役所の市民税課の電話はなりっぱなしです。
 65歳以上の高齢者にとって、過酷とも言える重税です。その上介護保険の通知ももうじき送られてきます。町田市は、平均が4700円になりました。
 医療制度の改悪法案が、小泉内閣最後の年寄りいじめのように、国会を通過しました。これ以上、絞りようの無いほどの年寄りいじめです。
 国の政治がこんなにひどいのだから、地方自治体こそが、嵐から住民の暮らしと、命を守らなければならないのに、町田の市政のあり方が問われるような今議会でした。
 私は予算の最後に、反対討論に立ちました。
 反対理由は、「人事給与検討の専門委員報酬」と「管理職のマネージメント研修のための講師謝礼」そして、」「国民保護法計画委託料」が予算化されていることです。町田市は、株式会社ではありません。、利潤追求型の民間企業の論理で、人事考課制度を取り入れ、マネージメント研修の強要が行われようとしています。また、保育園の園長に、滞納者の、保育料徴収の仕事をさせる「保育料納付推進員報酬」も反対理由にしました。
 この3点は、これからの石阪市政の方向性がよく現れた予算だとおもいます。これまで以上に、日本共産党の役割が求められているのだということを痛感しましたし、責任もひしひしと感じました。
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by yoko_sato_jcp | 2006-06-26 22:55

オートマチック車に挑戦

オートマ車って心もとないなー

 車を修理中なので、代車が来ています。いまだに普段は、頑固にマニュアル車に乗っている私は、オートマ車は乗ったことがありません。
 が、背に腹は変えられず古いセダンのサニーの代車に乗る羽目に。
 事前に、息子「にどうすれば動くの?」と聞きブレーキに掛けていた足をそっとアクセルに踏み変えました
 まさにこれは電気自動車です。坂道発進の必要もなく、ギアチェンジの必要も無いのです。左足と左手は、余っています。とってもつまんない乗り物です。やはりマニュアル車にかぎる・・・
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by yoko_sato_jcp | 2006-06-25 23:30

80歳を越えてもPTA

土曜日の午後はおいしい中華料理で・・・

 昨日の午後は、柿の木坂にある「華空間(はなくうかん)」という中華料理店で行われた和光学園の同窓親和会(和光学園の卒業生の父母の親和会OB会)の交流会に出席しました。
 和光学園は70年余の歴史を持つ学校ですが、父母、教員、生徒が対等な立場で意見を述べることの出来る数少ない学校です。父母の学校に対する思い入れは強く、子どもが卒業してからもつながりは切れず、「同窓親和会」を立ち上げて、20年以上が経ちます。
 私も、下の息子が高校卒業と同時に入会しました。毎年、「華空間」オーナーのIさんのご好意で、集まりがもたれています。今年も参加することが出来ました。
 和光の歴史を支えてこられた、先輩会員の皆さんも、もうすでに80歳を越えていらっしゃる方もおられます。
 そうした先輩お母さんが、「子どもたちを戦場に送らない。」と決意も新たに動き始めています。
 地域で「戦争と平和展」などを開催したり、9条の会を立ち上げるなど頑張り始めています。そして戦争反対の一致点を大切にしながら、命を守る教育の実現に日々頑張っているのです。
 お料理は最高においしかったけれどもっと心が満たされたのは、そうした先輩たちのガンバリでした。
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by yoko_sato_jcp | 2006-06-25 22:33

今日は千年目の日

我が家の亀が死にました。

 それは9年前の梅雨時でした。都議会議員選挙の真っ最中だったと思います。共産党の地区委員会の前の道路を歩いていたのです。小さなクサガメでした。
 車にひかれてはいけないと、ガラスの小鉢に入れて家につれて帰り、プラスチックの飼育箱の中に砂や石をいれ水を入れて飼うことにしました。
 まだ、下の息子が小学生でした。
 亀フードで育てましたが、本当によく食べ、その食べ方は、意外に獰猛でガメラという怪獣のようでお世辞にもかわいいとはいえませんでしたが、水槽も大きくして、水がえや亀の甲羅のこけ落とし(?)冬場に冬眠をさせるのも私の役目でした。
 あれから9年が過ぎました。今年、冬眠から覚めると、どういうわけか、石の上にいることが多くなり、亀フードを食べる元気がなくなったみたいでした。
 うちの子になって、9年目。とうとう亀は、帰らぬ亀になってしまいました。亀は千年というので、ちょうど千年目だったのかもしれません。合掌
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by yoko_sato_jcp | 2006-06-22 23:23

土砂降りの雨

梅雨の晴れ間と思いきや・・・

 朝は久々に晴れていたので、布団を干したりシーツを洗ったり大忙しでした。ところが、雷が鳴り始め、空は暗くなってきたので洗濯物や布団をあわてて取り込みました。
 ぽつぽつっときたと思ったとたん滝のような雨が降り出しました。我が家は四階。目の下に、タウンハウスのお宅のベランダが見えます。
 お留守なのか、布団を干しっぱなしのお宅が。2階のベランダなので、手のうちようもありません。こんな季節の干し物は、気を使います。
 梅雨の晴れ間は長続きしません。

 国会は閉会しました。小泉首相は今国会を最後に首相の座を退くことになり、後継の人事で持ちきりです。
 高齢者におおきな負担増となる医療制度改悪法案が通過しましたが、いくつかの悪法は継続となりました。
 火種を残したままの継続審議です。秋の臨時国会まで、運動の手を緩めることなく大いに宣伝し、広げていくことが求められています。
 今日私の、「こんにちは佐藤よう子です」ニュースを読んでの感想がファックスで届きました。 助役の答弁についての記述がいかがなものかという感想でしたが、私の一般質問の翌日の議会運営委員会で、助役に対して、答弁を丁寧にするよう議長名で、注意がされました。
 動議を出してもよいくらいの答弁だったと思います。信頼の名に値しません。
 「こんにちは」ニュースは、私のブログをほぼそのまま転載しているので、紙面にすると、意が通じずということがあるんだなーと思った次第です。気をつけます。
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by yoko_sato_jcp | 2006-06-19 23:45

日曜日であることも忘れてしまう梅雨空の一日

なかなか日曜といっても休めないのが議員の宿命?


 朝起きて洗濯をしながら、「今日は何曜日だったっけ」と考え、テレビをつけ日曜討論をやっていたので「ああ日曜日なんだ」とおもったのです。
 でも”休み”は”休めない日”です。午前中は、地域の新日本婦人の会の班会。雨がぽつんときたのに、傘もささずに集会所に出かけました。
 いつものメンバーでしたが、今日は、支部委員になったAさんの丁寧な報告がありよくわかりました。Aさん、もうじき脊椎の手術をするそうです。頑張ってください。
 市議会報告をさせていただき、教育基本法の宣伝をやりましょうということになりました。毎月1回集まって近況報告をしたり、情報交換をすることはほっとする時間です。終わって出ようとすると雨がいっぱい降っていたので、傘たての、忘れ物のビニール傘をお借りしました。
 Iさんにバス通りまで送ってもらいました。その足で、午後は、小山地域の後援会総会に出席。 車を息子がこすってしまったため修理に出しているので、代車が来ているのですが、私は、マニュアル車しか運転したことが無いため、オートマ車はちょっとーといった感じなのです。
 その上今日は息子が乗っていってしまいました。というわけで、橋本行きのバスに乗りました。 町田街道は、めちゃめちゃ混んでいます。北側の多摩境通りが混んでいるので、下の町田街道に降りてくる車で混んでいるのです。
 たまにバスに乗ると、いろいろなことが見えてくるものです。
 後援会総会は予算と方針を決め、活動予定を決めました。終わって帰ろうとするとまたまた土砂降りの雨。
 会長のYさんが、送ってくれることになりました。車を待っていると、現れたのは、ベージュ色の、ツードアのスポーツカー。
 屋根がオープンするのです。「Yさんとなりにいつもだれをのせるんですかー」と思わず聞いてしまいました。
 「ははは・・おばあちゃん」
 重心が低く、なんだか沈み込むようでした。渋滞の町田街道を、屋根の幌は閉まったままスポーツカーはのろのろと走ったのでした。
 こうして、日曜日は終わりました。
 今日は立川市議選投票日。あと一時間で、投票箱のふたが閉まります。結果はどうかな?
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by yoko_sato_jcp | 2006-06-18 19:02

夏が近づいてきました。

蒸し暑い一日でした。

 明日は立川の市議会議員選挙です。私が生まれて25歳まで暮らした町です。私の実家は立川といっても道1本隔てて国立市ですので、立川駅の再開発された地域とは異なり、静かな住宅地です。
 子どものころは、多摩川に向かって畑や田んぼが広がり、中学生のときには、学校の周り中が桑畑でしたから、今頃の時期は桑の実をよく食べました。
 米軍基地の町立川の昔の面影はなくなりました。商業都市として発展し続けているといわれています。
 でも、市民の暮らしは大変なようです。生活保護の受給者が47人に一人、国保料も毎年値上げ、下水道料金も2倍になったとか。
 立川に暮らす、叔父や叔母、弟たちのためにも、もっとよい市政になってほしいと思い今日は最終日でしたが、共産党の候補者の応援に行きました。
 蒸し暑い一日でした。帽子、手袋、スカーフで防御していたのに、首の周りが、太陽アレルギーで、かぶれてしまいました。
 明日の投票日、よい結果が出ることを願ってモノレールで、多摩センターまで帰りました。
 やっぱり、モノレール、町田まで来てほしいな。小山田桜台を通る計画があるというので、町田に越してきたんだもの。
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by yoko_sato_jcp | 2006-06-17 23:30