懐かしい人の名前を見つけて・・・

沖縄知事選挙で示されたこと
日曜日、沖縄の県知事選挙が行われました。結果は、自民、公明の推す仲井真氏が、日本共産党、沖縄社会大衆党、社民、民主、自由連合の推薦する糸数慶子候補を破り当選となりました。その差は3万7千票。
 しかし選挙結果が基地容認の意思を示しているものではないことを仲井真陣営の幹部自らが述べています。
 基地に頼らず自立した産業、経済の振興をはかることを政策協定にあげた、糸数候補の主張に対し、基地問題を避けて普天間飛行場の辺野古移転など、基地建設がなければ、沖縄経済振興策はないとする仲井真陣営が、企業ぐるみ選挙を展開し、締め付けをはかったといいます。f0020662_115913.jpg 
 その上卑劣なデマ宣伝。いつものなりふりかまわない選挙手段でした。
 しかし、そういう中にあって31万票の得票は、県民の、「基地は要らない」の声を物語っていると思います。
 今日のしんぶん赤旗の記事の中に、懐かしい名前を見つけました。以前小山田桜台で、私達と、新婦人や、団地自治会、生協活動をともに頑張ったSさんの談話が乗っていたのです。
 「仲井真陣営の企業ぐるみ選挙の圧力を前に、相手候補に入れざるを得なかった人が多かった。そのことを思うと胸が痛みます。国にものを言える沖縄にしたかったが、それでも、相手のあれだけの動員の中で31万票を取った意味は大きい」
 Sさん頑張ったんだね!彼女はコザ(現在は沖縄市)で育ち、本土復帰前は、ドル経済の生活の中で、自分は、アメリカ人だと思っていたと語ってくれたことがありました。
 10年くらい前に、娘さんと一緒に、沖縄に住む親の面倒を見に帰り、時々は電話もあったのですがこのところ音信が途絶えていたのです。
 久しぶりに名前を発見し、頑張っているんだなとうれしくなりました。
 記者のインタビューに答えて 「最後には必ず勝利できる。」ときっぱり言い切った牧師さんの言葉は、長い闘いに裏づけられた重みのある言葉でした。
【写真】「安保のみえる丘」から米軍嘉手納基地を見学する町田市内の小学生=10月25日

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by yoko_sato_jcp | 2006-11-21 22:05