明治大学生田校舎の陸軍登戸研究所見学に。

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昨夜来の雨がすっきり上がりました。空は青く澄み渡り陽射しもまぶしい朝。相原・小山九条の会と忠生・小山田地域九条の会合同で、明治大学生田校舎にある旧陸軍登戸研究所見学に行きました。
 
 生田駅に降りるのはほとんどみんな初めて。登戸研究所がいかなるものかも知らず、興味津津の中高年組総勢20人。出迎えてくださったのは、旧陸軍登戸研究所の保存を求める川崎市民の会(登戸研究所保存の会)のメンバーの森田さん、今野さん、石橋さんの三人でした。森田さんは、私が法政大学の学生だった頃、ともに日中友好協会法政大学学生班で活動した友人です。お互いに子どもが和光学園に学びましたので、卒業後も会う機会はありましたが、それでも20年以上はあっていなかったかもしれません。定年後は、地域の町内会の仕事、平和運動と忙しくされている様子。お互いの無事と健闘をたたえ合いました。
 
 1937年、新宿にあった陸軍科学研究所の実験場が登戸に移され、電波に関する研究と実験が行われ、その後、終戦まで、秘密・謀略選の研究所として約11万坪坪の土地に数多くの建物とが建設され、毒物,細菌などの生物化学兵器、中国紙幣の偽造、風船爆弾、憲兵隊や、特務機関員などが使う武器・器具などの開発と製造が行われたそうです。研究機関というより、巨大な秘密兵器生産工場だったとか・・・

 巨大な動物慰霊碑、弥心(やごころ)神社、大きなヒマラヤスギ、当時を物語るものが保存され、生物化学兵器研究所は、今、登戸研究所資料館として、明治大学が1億円かけて改修し、保存されています。大学が持っている資料館です。明治大学は1950年に国から、大学キャンパスとして跡地を購入したそうですが、加害の歴史を物語る資料をたくさん残す研究棟を住民の運動もあって保存することを決断したことは素晴らしいことだと思います。

 身近にある戦争の資料館として、一度行ってみてはいかがでしょう。
 明治大学の学食で、お昼を食べ、中高年20人は久しぶりに学生に戻ったような気分でした。

 
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by yoko_sato_jcp | 2011-11-12 13:55